『タイガからのメッセージ』の里帰り上映会@クラスニヤール村!

村の空

クラスニヤール村から、ハバロフスクに帰ってきました。タイ

ガから帰ってくる時はいつもそうなのですが、全く繋がらなかったネットと携帯電話が一週間振りに使えるのは不思議な感じです。また、一年前とはハバロフスクやウラジオストクのネット環境が格段に良くなっているので、さらにその気持ちに追い打ちをかけます。電磁波よ、再び!と言った感じでしょうか。

 

 

 

さて、クラスニヤール村に一年振りに戻っての映画の上映会や村の人達との交流ですが、結果は本当に感動するほどの大成功でした!

村役場の掲示板に貼られた上映会の告知

映画「タイガからのメッセージ」はクラスニヤールの人々皆に

受け入れられました。村の学校で2日間に渡って2回の上映会をしたのですが、毎回拍手で映画を賞讃してくれ、みんな口々に「素晴らしい映画だった!」「自分たちの本当の姿を伝えてくれて、ありがとう!」や「タイガのこんな美しいところをみたことがなかった」など、それぞれが映画に対しての感想を言ってくれました。

上映会の様子。老若男女が映画を楽しんでくれた!

 

特に嬉しかったのは、かなりの人が、「パート2が早く見たい!いつ作ってくれるんだ?」「世界中でこれを見せてくれ!」と言ってくれたことです。この言葉がどんなに僕を救ってくれたことか!!!

 

 

実は日本で関係者の中から、公開前に映画の内容に関して「制作者の視点と主観性」に疑問を投げかけられていた部分があったので、映画の舞台となったこの村における上映会は、僕にとってある意味「賭け」であるところがありました。この映画はタイガやウデへのことを描写した映画ではなくなったしまった、という意見まで出ていたのです。

この映画を仕上げていくにあたって、僕と木村輝一郎の制作者サイドは、今までのいわゆる‘ドキュメンタリー映画’という枠を越えた、新しい、未来へ向けた新しい表現を試すことを決心していました。もともと、この映画には、予定調和や決まったエンディングの設定というものは全くありませんでした。有機的なグルーヴをあくまで大切にした作品を目指していました。それが、この時代そしてこの空気感に必要だと感じたからです。そのため、撮影期間中に起きた2011年3月11日の体験は、当然のことながら我々に大きく影響を与えました。

タイガやクラスニヤールやウデへに対する、僕らの真剣な気持ちと眼差しを映像に反映させるためには、自分たち自身にも真摯に向き合う必要性があったのです。

お家にお邪魔しての意見交換

自らの問題や未来への難題を棚に上げて、‘タイガの自然’や‘先住民族の生活’というようなものを、どこかに存在する‘悠久なもの’というところに落とし込むことは決して出来ませんでした。何故なら、10万年後にも影響を及ぼす、人間の一生に比べれば遥かに‘半永久なもの’であるプルトニウムやウランといったものを、我々人間は作り上げ、しまいにはそれを地球上にバラまき、その処理さえ出来ないという状況を生み出してしまったからです。

 

そんな僕らの気持ちをクラスニヤールの仲間は理解してくれました。

この映画を見たウデへを始めとするクラスニヤールの人々は、今、日本の私たちに逆に問いを投げかけています。
「福島以降、日本は原発をどうするのか?どのように歩んでいこうとしているのか?どんな未来を作ろうとしているのか?」「私たちは、こうやって生きている。ではあなたたちは?」

穴の空いた石を家の玄関先にお護りとしてぶら下げる、ウデへの伝統

「タイガからのメッセージ」の中にも登場している、学校の校長先生は、「日本は地震があんなにも多い国なのだから、原発は無い方がいいんじゃない?」と上映会後に僕らに語りかけました。

この映画が、日本に住む僕らと極東ロシアに住む彼らの間で、何かしらのインターアクションのきっかけになるものになるかもしれない、そう思えました。

クラスニヤールの人々と本当の意味で一緒に「タイガからのメッセージ」を世界に発信していけるのだということを、改めて確認できた旅でした。

 

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