映画「タイガからのメッセージ」撮影裏話④2011年6月編

翌朝も天気はどんよりしていて一面に灰色の寒空が広がっていました。前日の川旅でかなり体力を消耗してはいたものの、その後、夜にお気に入りの「バーニャ」(*1)に入っていた僕らはちょっと元気を取り戻していました。だから、セルゲイが朝いきなり「今日中に全部回収するぞ〜!」と冗談とも本気ともつかない発言をしても、昨日よりは気持ちも体も前向きになっていました。

でも、朝食を早めに済ませて、森に入る準備をするころには、やはり一同ちょっと慎重な気持ちになっていました。とにかく寒さが予想以上だったのです。前日の川移動中の寒い空気にやられていた僕らにとって、とにかく用心するにこしたことはありません。基本、去年の6月のイメージを持って完全な夏支度で乗り込んで来た僕らは、ありったけの服を重ね着するしかなく、あとは猟師たちの厚手の秋冬使用のジャケットを借りて準備を進めました。やっかいだったのは、単に寒いだけではなく、それでも蚊やアブやブヨは秋冬に比べればいる訳で、その対策も考えなければなりません。また、少ないと言え、非常に危険な脳炎ダニ(*2)がまだ活動中ということで、準備としては、今までの中でも一番色々な想定が必要だったかもしれません。一応、考えられることは全部考えて(というつもりで)船に乗り込みました。

前日と同じく、水かさの異様に多いビキン川を移動です。セルゲイが早めに動きたがっている理由の一つは、もしここでさらに大雨でも降ると、ただでさえ水かさが増して移動が困難になっているビキン川の移動がさらに難しくなるということだったと思います。実際、普段楽に通れるところが通れなくなっていて、何度か迂回したりしました。

また、この日のカメラの回収場所の一つは、完全に以前の地形と違ったものになっていました。簡単に言うと、カメラの設置場所は谷のようになっている地形を越えて向こう側の丘にあったのですが、今回その谷が完全に水没し川になっていたのです。腰ぐらいまで浸かってしまうぐらいの深さなので、僕らの装備では普通には渡れません。深いところでも川釣りが出来るウェットスーツ仕様で来ていたセルゲイに、僕らの中で最も小柄な野口栄一郎がおぶってもらい、向こう岸の3台のカメラを回収しました。

自然の力で森や山の地形が簡単に変わってしまうということや、そこで自由に行動することがいかに困難かということを思い知った体験でした。また、そんな状況下でも、森の素人の僕らをしっかり案内し、目的をやり遂げるセルゲイ・カルーギンには改めて感心させられました。彼は僕と同い年ということもあり、親近感もひとしおなのですが、今回は「こいつ、やっぱり凄いな」とさらに思わされました。

絶対に虎の通るであろう道に何台か仕掛けていたカメラの辺りには、新鮮なトラの足跡や休んだ後があり、みんなの期待が膨らみました。セルゲイもこれにはちょっと安心した様子で、「これはもしかすると、ホントに凄いショットが撮れてるかも!?」と僕も内心期待で一杯でした。

こうして残りの7台のカメラを一日で全部無事回収し(実はあまりの森の変容に、一時はカメラ全部回収には相当な時間を覚悟しました)、「あとは映像のチェックだ!」とはやる気持ちを抑えながら、ハバゴーの基地への帰途に着きました。

基地に着くなり、「さあ、見よう!」という空気が猟師みんなに見えたので、僕はそれに釘を刺すように「今日は、バーニャ入ってからだよ」とちょっといたずらっぽく笑って言いました。というのも、先日は体が冷えきったままでの確認作業だったので、ちょっと気持ちも盛り上がりにかけていたし、今日はなんといっても確認作業のクライマックスなのですから!カメラさえ通常に作動していてくれれば、トラが「おそらく、十中八九、間違いなく」写っているはず。万全を期して、みんなで上映会(?)をしたかったのです。

さあ、バーニャに入って夕食も食べて、いよいよ映像確認作業です。僕らの猟師小屋に猟師みんなが集まってきました。みんな興味津々です。なんせ、本物のトラに遭遇した猟師は今まで何人かいますが、映像でトラを確認したものはいないのです。ビキンのトラは果たしてどんなやつなのか?!

結果はいかに・・・?

おー、いました!写っていました!このビキン中・上流域において、おそらく歴史上世界で初めて、僕らは野生のトラの生息を映像で確認したのです! (つづく)

バーニャ(*1): ロシア風スチーム・サウナ。簡単な風呂炊き小屋の中に、ペチカ(まきストーブ)と鉄製の釜を作り、そこでお湯を沸かす。縦長のペチカまわりから煙突の下の部分に石を敷き詰め、お湯が沸くのと同時に石を熱する。熱くなって来たら、石に水をかける。すると蒸気が小屋を満たし、スチームサウナ状態に。そこで汗をかき、また外に出て、夏なら川があれば飛び込んだり、冬は雪の中にダイヴしたり。好きな人は、一時間ぐらい入って楽しむ。

脳炎ダニ(*2):

5-7月に活発にタイガで活動するダニ。ダニは数種類いるようだが、この脳炎ダニが一番危険といわれている。へたをすれば、死ぬ危険も。ロシアにおいては、ワクチン予防接種があるのだが、3回に分けて打たなければならず、外国人にとってはちょっとハードルが高い。日本では何故だか予防接種をしてくれない。この時期は、森に入ったあとはお互いの体全身チェックが必須。または、バーニャに入って蒸してしまう。ダニは熱さが苦手らしい。それでもダメな場合は、以下の方法で、ダニを抜く。
1. サラダ油などの食用油をダニの噛み付いているところに塗る。この時点で、ダニは窒息気味になるらしい。
2. その後、先の尖ったピンセットやヒモを巻き付けるかして、ダニの頭部を引きちぎらないようにダニを体ごと抜く。この時、ダニの口は皮膚にがっちり噛んでいる状態なので、それに気をつけながら、しっかりと頭部ごと抜いてやる。そうしないと、ダニが皮膚の中に残って面倒なことにあることも。ちなみに、ドイツではこれを森ダニと言い、抜く時にある方向に回すと良いと言うらしい(知人談)。

映画「タイガからのメッセージ」撮影裏話③2011年6月編

こんにちは、三上雄己です。制作中のドキュメンタリー映画「タイガからのメッセージ」、最後の撮影のためにタイガに帰ってきました。今回のメインの目的は、前回の撮影時に仕掛けた「トレイル・カム」の回収でした。「トレイル・カム」とは、もともとハンター達が自分の獲物の動向を事前に探るために開発した、赤外線センサー付きのカメラのことです。動物がセンサーの領域に入ると、カメラが自動的に作動し、映像や写真に収めてくれます。最近では、去年BBCがブータンで森林限界以上である高度4000m付近でのトラの撮影と生息確認に世界で初めて成功し、大変話題になりました。その機材を10台使って、僕らはタイガのビキン川中・上流域に生息するトラを、これまた恐らく世界で初めて映像にとらえることを試みたのです。

1ヶ月振りのロシア沿海地方は、6月も下旬に入ろうとしているにも関わらず雨の降る肌寒い天気が続いていました。去年の今頃初めてタイガを訪れた時は、一ヶ月も雨が降らない日々が続き、暑くて乾いていたのに、今年はうってかわって、涼しい日々が続く6月だということでした。クラスニヤール村の人々も首をかしげる不思議な天気でした。

ハバロフスクからクラスニヤールに向かう道中でも、村に着いても雨は降り続いていました。しかし、こちらも時間との戦いなので悠長なことは言っていられません。村に着いた次の日も天候は良くなりませんでしたが、予定通り船に乗ってタイガに向かいました。

トレイル・カムを仕掛けたのは、中流域の上の方のハバゴーという猟場基地に近いところで、村からおよそ160km上流に位置しています。先月はたまたま猟師たちがヘリコプターで飛ぶタイミングにうまく合ったので、便乗して川をさかのぼることが出来ましたが、今回は最初から船での移動となりました。途中カメラを3台回収したり、少し休憩しながら、結局10時間ほどかかってハバゴーに到着しました。その頃までには、体はすっかり冷えきり、夏で日が長いとはいえ陽はほとんど落ちていました。

今回の回収作業で一番驚いたのは、5月に仕掛けたカメラの場所の様子があまりにも変わっていたことでした。先月は、ほぼ平地で何も生えていなかった場所が、まるで熱帯のジャングルの様になっていたのです。

雨が降り注ぐ中、腰の高さ以上まで元気に茂ったシダなどの中を蚊やアブやブヨなどと戦いながら歩くのは、結構しんどいものです。深い緑に覆われた森は、先月カメラを仕掛けた同じ場所とは全く思えない程変容していました。しかも、例年になく降り続ける雨により、通年では水が干上がり道となるような場所が川になっていたり、水かさが異常に多くて渡れるはずのところが渡れなかったりして、僕ら撮影チームは初日だというのに、かなり体力を消耗しました。しかし、タイガを知り尽くしている、われらの信頼度ナンバーワン猟師のセルゲイ・カルーギンの水先案内により、なんとか初日に3台のカメラを回収しました。

一日の最後には、少しばかり陽が射し、「虹が出そうだな・・・」と思っていたところ、本当に虹が出てくれて、一同疲れてはいたものの、なんだか気持ちは晴れやかになりました。

ハバゴーにある猟師の基地に着くと、早速セルゲイや同行してきたの他の猟師たちにカメラに映ったものが早く見たいとせがまれました。彼らにとっても、自分たちの活動している森にトレイル・カムを仕掛けるのは初めてのことなので非常に強い興味を持ってこの時を待っていたようです。そこで、濡れて冷たくなった体のこともそっちのけで、トレイル・カムからメモリーカードを取り出し、ラップトップに接続しました。ワクワクする気持ちと何も映っていなかったらどうしようという気持ちとが入り交じった緊張の一瞬です。というのも、いくらこの森を知り尽くしているセルゲイと一緒に設置したといっても、やはり野生は野生。どこまでも読めないものなのです。トラの通りそうな「虎道=獣道」を狙ったカメラがどう反応していてくれるのか・・・?猟師小屋で、みんなの期待が僕のラップトップに集まっているのを感じながら、一つ一つ映像をみんなで確認していきました。

結果は・・・、残念ながら、トラは映っていませんでした。しかし、イノシシが一頭、ノロジカが数頭、アカシカが数頭。中には、一瞬でカメラの前を通り過ぎているものもありました。それでも、その一瞬や体の一部でそれらの動物を即座に認識し判断している猟師たちと、映っているものを確認するのはとても興味深いものでした。子供のころから何百回とタイガの動物と接して来ている彼らにはごく当たり前のことでも、僕らにとってはそれは驚くべくことだったのです。

トレイル・カメラを今回初めて使用した僕らにとっては、野生動物が何かしらでも写っていたことは「ほっ」と出来ることではありましたが、トラが写っていなかったことは個人的にはやはり非常に残念なことでした。今回の設置場所を選定してくれたセルゲイと目を合わせると、彼もやはりちょっと悔しそうな顔をして「明日が本番だね」と静かに小屋を出て行きました。(つづく)