『タイガからのメッセージ』の里帰り上映会@クラスニヤール村!

村の空

クラスニヤール村から、ハバロフスクに帰ってきました。タイ

ガから帰ってくる時はいつもそうなのですが、全く繋がらなかったネットと携帯電話が一週間振りに使えるのは不思議な感じです。また、一年前とはハバロフスクやウラジオストクのネット環境が格段に良くなっているので、さらにその気持ちに追い打ちをかけます。電磁波よ、再び!と言った感じでしょうか。

 

 

 

さて、クラスニヤール村に一年振りに戻っての映画の上映会や村の人達との交流ですが、結果は本当に感動するほどの大成功でした!

村役場の掲示板に貼られた上映会の告知

映画「タイガからのメッセージ」はクラスニヤールの人々皆に

受け入れられました。村の学校で2日間に渡って2回の上映会をしたのですが、毎回拍手で映画を賞讃してくれ、みんな口々に「素晴らしい映画だった!」「自分たちの本当の姿を伝えてくれて、ありがとう!」や「タイガのこんな美しいところをみたことがなかった」など、それぞれが映画に対しての感想を言ってくれました。

上映会の様子。老若男女が映画を楽しんでくれた!

 

特に嬉しかったのは、かなりの人が、「パート2が早く見たい!いつ作ってくれるんだ?」「世界中でこれを見せてくれ!」と言ってくれたことです。この言葉がどんなに僕を救ってくれたことか!!!

 

 

実は日本で関係者の中から、公開前に映画の内容に関して「制作者の視点と主観性」に疑問を投げかけられていた部分があったので、映画の舞台となったこの村における上映会は、僕にとってある意味「賭け」であるところがありました。この映画はタイガやウデへのことを描写した映画ではなくなったしまった、という意見まで出ていたのです。

この映画を仕上げていくにあたって、僕と木村輝一郎の制作者サイドは、今までのいわゆる‘ドキュメンタリー映画’という枠を越えた、新しい、未来へ向けた新しい表現を試すことを決心していました。もともと、この映画には、予定調和や決まったエンディングの設定というものは全くありませんでした。有機的なグルーヴをあくまで大切にした作品を目指していました。それが、この時代そしてこの空気感に必要だと感じたからです。そのため、撮影期間中に起きた2011年3月11日の体験は、当然のことながら我々に大きく影響を与えました。

タイガやクラスニヤールやウデへに対する、僕らの真剣な気持ちと眼差しを映像に反映させるためには、自分たち自身にも真摯に向き合う必要性があったのです。

お家にお邪魔しての意見交換

自らの問題や未来への難題を棚に上げて、‘タイガの自然’や‘先住民族の生活’というようなものを、どこかに存在する‘悠久なもの’というところに落とし込むことは決して出来ませんでした。何故なら、10万年後にも影響を及ぼす、人間の一生に比べれば遥かに‘半永久なもの’であるプルトニウムやウランといったものを、我々人間は作り上げ、しまいにはそれを地球上にバラまき、その処理さえ出来ないという状況を生み出してしまったからです。

 

そんな僕らの気持ちをクラスニヤールの仲間は理解してくれました。

この映画を見たウデへを始めとするクラスニヤールの人々は、今、日本の私たちに逆に問いを投げかけています。
「福島以降、日本は原発をどうするのか?どのように歩んでいこうとしているのか?どんな未来を作ろうとしているのか?」「私たちは、こうやって生きている。ではあなたたちは?」

穴の空いた石を家の玄関先にお護りとしてぶら下げる、ウデへの伝統

「タイガからのメッセージ」の中にも登場している、学校の校長先生は、「日本は地震があんなにも多い国なのだから、原発は無い方がいいんじゃない?」と上映会後に僕らに語りかけました。

この映画が、日本に住む僕らと極東ロシアに住む彼らの間で、何かしらのインターアクションのきっかけになるものになるかもしれない、そう思えました。

クラスニヤールの人々と本当の意味で一緒に「タイガからのメッセージ」を世界に発信していけるのだということを、改めて確認できた旅でした。

 

『タイガからのメッセージ』ロシアのウラジオストクで上映!

 привет! ウラジオストクからこんばんは!三上雄己です。2012年5月3日ー4日にかけて行なわれた、「第一回日ロ極東フォーラム」に参加しました。その中で、『タイガからのメッセージ』(ロシア語題 ’услышь тайгу!’)を、環境分科会の初日、オープニングで上映しました。日ロ極東フォーラムというイベントが未知数であることや、ロシアで初めて『タイガからのメッセージ』をお披露目することなど、色々気持ちが入り混ざって、ちょっとドキドキしながら当日を迎えました。フタを開けてみると、なんと、映画の舞台となった、クラスニヤール村の人達が大勢かけつけてくれたのです!感激!遠路はるばる、村からウラジオストクまで20名ほどが上映会に合わせて来てくれました!映画が始まっても、やっぱり皆がどんな様子で見ているか気になってしかたありませんでした。特にクラスニヤールの人々の反応が気になりました。でも、ところどころ笑ってくれたり、隣同士で顔を見合わせてクスクスしたりするのを見て、楽しんでくれてるようだったので、その様子を見てとても嬉しくなりました。最後にはみんな自然な感じで拍手をしてくれたので、『タイガからのメッセージ』が彼らに受け入れられたと素直に感じられました。

上映会後には、映画の感想をそれぞれが述べてくれ、彼らが本当に映画を気に入ってくれたことが分りました。ここに辿り着くまで、映画の完成後も、色々なことがあったので、彼らに自分のメッセージが届いたという事実は、本当に感無量でした・・・大変なことも沢山ありましたが、やはり作って良かった、心からそう思える瞬間でした。僕らを、そしてこの映画を、信じてくれた皆さん、どうもありがとうございました!ここからまた『タイガからのメッセージ』との新しい旅が始まる気がします。

 

4日の夕方には「日ロ極東フォーラム」もなんとか無事に終了し、閉会式における、環境部会代表の北海道大学の白岩孝行准教授のまとめによって、僕らのウラジオストクでの今回の仕事は終わりました。明日は、ハバロフスクに移動して、明後日には、約一年振りのクラスニヤール村です!今度は、さらに多くの村の人達に映画を見てもらいます!そして、感想をもらったり、意見を言い合ったり出来たらいいなと思っています。その様子は、また映像に収めて日本での上映会で皆さんにお見せしたいと思っています。乞うご期待!

映画『タイガからのメッセージ』東京上映会 最新情報!

「今日のことばかりでなく未来のことを考えなければ。10年15年じゃなく100年先を見なければならない。そうすればビキン川もタイガも守れる」と静かに語るウデヘの猟師、ヤコフさん。命あふれる森タイガで、ヤコフさんをはじめとする先住民族ウデヘの暮らしを2010年の初夏から2011年の夏までおいかけたドキュメンタリー「タイガからのメッセージ」の東京上映会最新情報です。ご来場をお待ちしております!

ドキュメンタリー映画「タイガからのメッセージ」 いよいよ東京で公開!
3/28(水)15:00-17:30
4/20(金)19:00-21:00

極東ロシアに広がる針葉樹と広葉樹の森。その森のことをロシアでは‘タイガ’と呼びます。日本から約2時間でハバロフスクやウラジオストクに飛び、そこから5時間ほど(悪路を思い切り飛ばして!)車で行けば、すでにタイガの原生林の中です。
日本のすぐ近くにあるこの森には、絶滅危惧種のアムールトラやシマフクロウをはじめ、ヒグマやツキノワグマ、大きなイノシシやアカシカが生息しています。そして、その多種多様な生物や植物と長い間共生してきた先住民族ウデへが暮らしています。命あふれる森とそこに暮らす人々の生活を、2010年の初夏から2011年の夏までおいかけたドキュメンタリー「タイガからのメッセージ」。
『タイガからのメッセージ』日本語版予告篇

「この映画を通じて、タイガの声、さらには地球の声が皆さんに届くよう願ってやみません」と映画制作にかける思いを語る、監督の三上雄己をはじめ制作者も当日、ごあいさつをさせていただきます。皆さまと一緒に映画の公開を迎えられること楽しみにしております。ぜひお越しください。

【上映会日程】

◆日時◆
2012年3月13日(火)19:00-21:00(18:30開場)満員御礼:終了 ありがとうございました!
2012年3月28日(水)15:00-17:30(14:30開場)満員御礼:終了 ありがとうございました!
2012年4月20日(金)19:00-21:00(18:30開場)
※今後の日程は随時ウェブにて発表します。

◆入場料◆2,000円(事前予約&前払い制)
※お申込みいただいた方にメールにて支払先等は詳細をご案内します

◆定員◆35名(先着順)

◆場所◆神楽サロン 2階
アクセス:有楽町線・南北線「市ヶ谷駅」出口5より徒歩5分またはJR「飯田橋」西口、東西線・有楽町線・南北線「飯田橋駅」出口B2aより徒歩8分
住所:〒162-0843 東京都新宿区市谷田町3-13 神楽ビル
TEL:03-6265-0580 / FAX:03-6265-0581

◆お申込み・お問い合わせ◆
Eメールにて(1)参加日(2)お名前(よみがな)(3)Eメールアドレス(4)電話番号を添えて、表題を【「タイガからのメッセージ上映会」の件】として以下までお申し込みください。
神楽サロン(担当:戸谷、瀧澤)
Eメールアドレス:info@kagurasalon.com
TEL:03-6265-0580/FAX:03-6265-0581

映画『タイガからのメッセージ』札幌で特別先行レイトショー決定!4月3日の夜はタイガの森へ!

ドキュメンタリー映画『タイガからのメッセージ』
特別先行上映会@シアターキノ

【特別先行レイトショー上映会】

◆日時◆ 2012年4月3日(火)20:45開場 (21:00 – 23:00)
【映画上映&監督・三上雄己&音楽制作・OKI トークライブ】

◆入場料◆2,000円
◆定員◆ 70席(先着順)
 3月24日(土)より「シアターキノ窓口で入場整理番号付き前売り券発売開始!」
(当日券もございますが、上映当日は整理番号順のご入場となり、会場内は自由席となっております。)
【お問い合わせ】
シアターキノ
札幌市中央区狸小路6丁目南3条グランドビル2F
TEL/011-231-9355   FAX/011-231-9356

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極東ロシアに広がる針葉樹と広葉樹の森。その森のことをロシアでは‘タイガ’と呼びます。日本から約2時間でハバロフスクやウラジオストクに飛び、そこから5時間ほど(悪路を思い切り飛ばして!)車で行けば、すでにタイガの原生林の中です。

日本のすぐ近くにあるこの森には、絶滅危惧種のアムールトラやシマフクロウをはじめ、ヒグマやツキノワグマ、大きなイノシシやアカシカが生息しています。そして、その多種多様な生物や植物と長い間共生してきた先住民族ウデへが暮らしています。命あふれる森とそこに暮らす人々の生活を、2010年の初夏から2011年の夏までおいかけたドキュメンタリー「タイガからのメッセージ」。

その植生や環境が北海道と似ていることや、アムール川からオホーツク海に流れ込む栄養分がタイガで養われていることから、制作側は当初から北海道と極東ロシアの繋がりを強く意識してきました。だからこそ、北海道では特に多くの方々に作品を見てもらいたく、他の地に先駆けて北海道での上映を先行させて考えてきました。

監督の三上雄己と音楽制作のOKIも当日、ごあいさつをさせていただきます。

会場で皆さまにお会い出来ることを楽しみにしております。ぜひお越しください。

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『タイガからのメッセージ』:映画詳細
【長さ】80分
【音声】日本語、英語、ロシア語(英語版/ロシア語版は2012年4月完成予定)
【監督・脚本】三上雄己(abovo/ taigaforum)
【共同監督・撮影】木村輝一郎(abovo/ taigaforum)
【音楽】加納沖(OKI/ OKI DUB AINU)
【コンセプト】タイガの森フォーラム
【製作】タイガからのメッセージ製作実行委員会
【関連ウェブサイト】http://taigaforum.jp
【関連映画上映館】http://kagurasalon.com/cinema.html

映画「タイガからのメッセージ」撮影裏話⑤2011年6月編

おそらく世界で初めて、ここビキン中・上流域において野生のトラが映像で撮れたのです!僕はセルゲイと顔を見合わせ、ほぼ同時に「トラは(やっぱり)いるんだ!(笑)」と言っていました。そして、みんなで握手&ハイファイブ。普段から野生動物を見慣れているビキンの猟師達にとっても、ここまではっきりと自分たちの活動している森のトラを映像で見たことは無かったわけですから、みんなとても喜んでいました。「トラを見た」とか「犬がトラに喰われた」などとという話は結構あるのですが、実際にトラを自分の目で目撃しているものは少数です。それだけトラは警戒心が強く神秘的な生き物なのです。そんなトラが、例え後ろ姿であっても動画で写っていたのです!みんなの興奮を少しは分っていただけると思います。

そんな中で僕は、「今度は正面から写っているだろう」という、自分の中で高まるさらなる期待を一生懸命押さえながら、メモリーカードの画像を次々にチェックしていきました。果たして・・・?

もう一つの場所で、違うトラがカメラに収まっていました!しかし、残念なことにこれも後ろ姿・・・

まるでカメラのある場所を知っていて、僕らの期待をあざ笑うかのような画面の横切り方をしていました。見事にトラの進行方向と逆。この動きばかりは、さすがのセルゲイも読めなかったでしょう。それよりも、益々トラの神秘性や不思議な力を感じずにはいられませんでした。勿論、カメラの設置の仕方や、次回狙う機会があったらこうしよう、ああしようという気持ちも、自分の中でどんどん出てきていました。しかし、その気持ちは心に出来るだけしまっておくことにしました。そして、皆に今回の撮影協力への感謝の意を改めて表して、次はもっと良いものを撮ろうと約束しました。

余談ですが、世界でもトラが比較的良い形で多く生息しているであろう、このビキン中・上流域のタイガ地帯で、何故今まで、写真や映像にトラが収められてこなかったのか?それには諸説ありますが、ひとつには、この一帯は、昔からウデへの人々の狩り場だったので、そう簡単に部外者が勝手に立ち入ることが出来なかったことが挙げられるようです。どんなに良いカメラや技術を持っていても、現地の人々の協力が得られなければ、良い絵を撮ることは出来ません。そういった意味でも、このプロジェクトはとても意義のあるものとなりました。

また、この方式で地域の野生動物の生態をもっと確かめることができる可能性があることから、プロジェクトに全面的に協力をしてくれた村の猟師組合にタイガ・フォーラムよりトレイル・カムを進呈し、今後の活動にさらに役立ててもらうことにしました。彼らがどんな映像を撮ってきてくれるか、今からとても楽しみです。

最後に今回のカメラに写った、他の森の動物たちを一部ご紹介しますね。


映画「タイガからのメッセージ」撮影裏話④2011年6月編

翌朝も天気はどんよりしていて一面に灰色の寒空が広がっていました。前日の川旅でかなり体力を消耗してはいたものの、その後、夜にお気に入りの「バーニャ」(*1)に入っていた僕らはちょっと元気を取り戻していました。だから、セルゲイが朝いきなり「今日中に全部回収するぞ〜!」と冗談とも本気ともつかない発言をしても、昨日よりは気持ちも体も前向きになっていました。

でも、朝食を早めに済ませて、森に入る準備をするころには、やはり一同ちょっと慎重な気持ちになっていました。とにかく寒さが予想以上だったのです。前日の川移動中の寒い空気にやられていた僕らにとって、とにかく用心するにこしたことはありません。基本、去年の6月のイメージを持って完全な夏支度で乗り込んで来た僕らは、ありったけの服を重ね着するしかなく、あとは猟師たちの厚手の秋冬使用のジャケットを借りて準備を進めました。やっかいだったのは、単に寒いだけではなく、それでも蚊やアブやブヨは秋冬に比べればいる訳で、その対策も考えなければなりません。また、少ないと言え、非常に危険な脳炎ダニ(*2)がまだ活動中ということで、準備としては、今までの中でも一番色々な想定が必要だったかもしれません。一応、考えられることは全部考えて(というつもりで)船に乗り込みました。

前日と同じく、水かさの異様に多いビキン川を移動です。セルゲイが早めに動きたがっている理由の一つは、もしここでさらに大雨でも降ると、ただでさえ水かさが増して移動が困難になっているビキン川の移動がさらに難しくなるということだったと思います。実際、普段楽に通れるところが通れなくなっていて、何度か迂回したりしました。

また、この日のカメラの回収場所の一つは、完全に以前の地形と違ったものになっていました。簡単に言うと、カメラの設置場所は谷のようになっている地形を越えて向こう側の丘にあったのですが、今回その谷が完全に水没し川になっていたのです。腰ぐらいまで浸かってしまうぐらいの深さなので、僕らの装備では普通には渡れません。深いところでも川釣りが出来るウェットスーツ仕様で来ていたセルゲイに、僕らの中で最も小柄な野口栄一郎がおぶってもらい、向こう岸の3台のカメラを回収しました。

自然の力で森や山の地形が簡単に変わってしまうということや、そこで自由に行動することがいかに困難かということを思い知った体験でした。また、そんな状況下でも、森の素人の僕らをしっかり案内し、目的をやり遂げるセルゲイ・カルーギンには改めて感心させられました。彼は僕と同い年ということもあり、親近感もひとしおなのですが、今回は「こいつ、やっぱり凄いな」とさらに思わされました。

絶対に虎の通るであろう道に何台か仕掛けていたカメラの辺りには、新鮮なトラの足跡や休んだ後があり、みんなの期待が膨らみました。セルゲイもこれにはちょっと安心した様子で、「これはもしかすると、ホントに凄いショットが撮れてるかも!?」と僕も内心期待で一杯でした。

こうして残りの7台のカメラを一日で全部無事回収し(実はあまりの森の変容に、一時はカメラ全部回収には相当な時間を覚悟しました)、「あとは映像のチェックだ!」とはやる気持ちを抑えながら、ハバゴーの基地への帰途に着きました。

基地に着くなり、「さあ、見よう!」という空気が猟師みんなに見えたので、僕はそれに釘を刺すように「今日は、バーニャ入ってからだよ」とちょっといたずらっぽく笑って言いました。というのも、先日は体が冷えきったままでの確認作業だったので、ちょっと気持ちも盛り上がりにかけていたし、今日はなんといっても確認作業のクライマックスなのですから!カメラさえ通常に作動していてくれれば、トラが「おそらく、十中八九、間違いなく」写っているはず。万全を期して、みんなで上映会(?)をしたかったのです。

さあ、バーニャに入って夕食も食べて、いよいよ映像確認作業です。僕らの猟師小屋に猟師みんなが集まってきました。みんな興味津々です。なんせ、本物のトラに遭遇した猟師は今まで何人かいますが、映像でトラを確認したものはいないのです。ビキンのトラは果たしてどんなやつなのか?!

結果はいかに・・・?

おー、いました!写っていました!このビキン中・上流域において、おそらく歴史上世界で初めて、僕らは野生のトラの生息を映像で確認したのです! (つづく)

バーニャ(*1): ロシア風スチーム・サウナ。簡単な風呂炊き小屋の中に、ペチカ(まきストーブ)と鉄製の釜を作り、そこでお湯を沸かす。縦長のペチカまわりから煙突の下の部分に石を敷き詰め、お湯が沸くのと同時に石を熱する。熱くなって来たら、石に水をかける。すると蒸気が小屋を満たし、スチームサウナ状態に。そこで汗をかき、また外に出て、夏なら川があれば飛び込んだり、冬は雪の中にダイヴしたり。好きな人は、一時間ぐらい入って楽しむ。

脳炎ダニ(*2):

5-7月に活発にタイガで活動するダニ。ダニは数種類いるようだが、この脳炎ダニが一番危険といわれている。へたをすれば、死ぬ危険も。ロシアにおいては、ワクチン予防接種があるのだが、3回に分けて打たなければならず、外国人にとってはちょっとハードルが高い。日本では何故だか予防接種をしてくれない。この時期は、森に入ったあとはお互いの体全身チェックが必須。または、バーニャに入って蒸してしまう。ダニは熱さが苦手らしい。それでもダメな場合は、以下の方法で、ダニを抜く。
1. サラダ油などの食用油をダニの噛み付いているところに塗る。この時点で、ダニは窒息気味になるらしい。
2. その後、先の尖ったピンセットやヒモを巻き付けるかして、ダニの頭部を引きちぎらないようにダニを体ごと抜く。この時、ダニの口は皮膚にがっちり噛んでいる状態なので、それに気をつけながら、しっかりと頭部ごと抜いてやる。そうしないと、ダニが皮膚の中に残って面倒なことにあることも。ちなみに、ドイツではこれを森ダニと言い、抜く時にある方向に回すと良いと言うらしい(知人談)。

映画「タイガからのメッセージ」撮影裏話③2011年6月編

こんにちは、三上雄己です。制作中のドキュメンタリー映画「タイガからのメッセージ」、最後の撮影のためにタイガに帰ってきました。今回のメインの目的は、前回の撮影時に仕掛けた「トレイル・カム」の回収でした。「トレイル・カム」とは、もともとハンター達が自分の獲物の動向を事前に探るために開発した、赤外線センサー付きのカメラのことです。動物がセンサーの領域に入ると、カメラが自動的に作動し、映像や写真に収めてくれます。最近では、去年BBCがブータンで森林限界以上である高度4000m付近でのトラの撮影と生息確認に世界で初めて成功し、大変話題になりました。その機材を10台使って、僕らはタイガのビキン川中・上流域に生息するトラを、これまた恐らく世界で初めて映像にとらえることを試みたのです。

1ヶ月振りのロシア沿海地方は、6月も下旬に入ろうとしているにも関わらず雨の降る肌寒い天気が続いていました。去年の今頃初めてタイガを訪れた時は、一ヶ月も雨が降らない日々が続き、暑くて乾いていたのに、今年はうってかわって、涼しい日々が続く6月だということでした。クラスニヤール村の人々も首をかしげる不思議な天気でした。

ハバロフスクからクラスニヤールに向かう道中でも、村に着いても雨は降り続いていました。しかし、こちらも時間との戦いなので悠長なことは言っていられません。村に着いた次の日も天候は良くなりませんでしたが、予定通り船に乗ってタイガに向かいました。

トレイル・カムを仕掛けたのは、中流域の上の方のハバゴーという猟場基地に近いところで、村からおよそ160km上流に位置しています。先月はたまたま猟師たちがヘリコプターで飛ぶタイミングにうまく合ったので、便乗して川をさかのぼることが出来ましたが、今回は最初から船での移動となりました。途中カメラを3台回収したり、少し休憩しながら、結局10時間ほどかかってハバゴーに到着しました。その頃までには、体はすっかり冷えきり、夏で日が長いとはいえ陽はほとんど落ちていました。

今回の回収作業で一番驚いたのは、5月に仕掛けたカメラの場所の様子があまりにも変わっていたことでした。先月は、ほぼ平地で何も生えていなかった場所が、まるで熱帯のジャングルの様になっていたのです。

雨が降り注ぐ中、腰の高さ以上まで元気に茂ったシダなどの中を蚊やアブやブヨなどと戦いながら歩くのは、結構しんどいものです。深い緑に覆われた森は、先月カメラを仕掛けた同じ場所とは全く思えない程変容していました。しかも、例年になく降り続ける雨により、通年では水が干上がり道となるような場所が川になっていたり、水かさが異常に多くて渡れるはずのところが渡れなかったりして、僕ら撮影チームは初日だというのに、かなり体力を消耗しました。しかし、タイガを知り尽くしている、われらの信頼度ナンバーワン猟師のセルゲイ・カルーギンの水先案内により、なんとか初日に3台のカメラを回収しました。

一日の最後には、少しばかり陽が射し、「虹が出そうだな・・・」と思っていたところ、本当に虹が出てくれて、一同疲れてはいたものの、なんだか気持ちは晴れやかになりました。

ハバゴーにある猟師の基地に着くと、早速セルゲイや同行してきたの他の猟師たちにカメラに映ったものが早く見たいとせがまれました。彼らにとっても、自分たちの活動している森にトレイル・カムを仕掛けるのは初めてのことなので非常に強い興味を持ってこの時を待っていたようです。そこで、濡れて冷たくなった体のこともそっちのけで、トレイル・カムからメモリーカードを取り出し、ラップトップに接続しました。ワクワクする気持ちと何も映っていなかったらどうしようという気持ちとが入り交じった緊張の一瞬です。というのも、いくらこの森を知り尽くしているセルゲイと一緒に設置したといっても、やはり野生は野生。どこまでも読めないものなのです。トラの通りそうな「虎道=獣道」を狙ったカメラがどう反応していてくれるのか・・・?猟師小屋で、みんなの期待が僕のラップトップに集まっているのを感じながら、一つ一つ映像をみんなで確認していきました。

結果は・・・、残念ながら、トラは映っていませんでした。しかし、イノシシが一頭、ノロジカが数頭、アカシカが数頭。中には、一瞬でカメラの前を通り過ぎているものもありました。それでも、その一瞬や体の一部でそれらの動物を即座に認識し判断している猟師たちと、映っているものを確認するのはとても興味深いものでした。子供のころから何百回とタイガの動物と接して来ている彼らにはごく当たり前のことでも、僕らにとってはそれは驚くべくことだったのです。

トレイル・カメラを今回初めて使用した僕らにとっては、野生動物が何かしらでも写っていたことは「ほっ」と出来ることではありましたが、トラが写っていなかったことは個人的にはやはり非常に残念なことでした。今回の設置場所を選定してくれたセルゲイと目を合わせると、彼もやはりちょっと悔しそうな顔をして「明日が本番だね」と静かに小屋を出て行きました。(つづく)

映画「タイガからのメッセージ」撮影裏話② 2011年5月編

今回の森での撮影の大きな目的の一つは、野生のトラの撮影でした。どのようにそれが行なわれたか、それは次回6月の最終撮影レポートで詳しくお伝えします。

もう一つの目的は、本編の中で核になるであろう二人のウデへに話に聞くことでした。
一人はウデへのシャーマンの祖母を持つ、スベトラーナ・スミルノヴァさん。そして、もう一人はクラスニヤールにおいてウデへ語を話せる数少ない人である猟師のゲオンカ・イヴァン・トロフィモヴィッチさんです。

スベトラーナさんは村の猟師組合でハチミツの収穫などに関しての仕事の他、組合長を助けて働いている女性ですが、始めて会った時に不思議なオーラを放っていたのが印象的でした。後から知ったのですが、彼女のおばあさんはシャーマンだったということです。森など周りの自然と共に生きて来たウデへにシャーマニズムが深く根付いていていたのはごく自然のことでした。しかし、ロシアの開拓時代から始まりソ連時代にはシャーマニズムのほとんどは抑圧されていたようで、現代にいたる過程でほとんど形ばかりのものになってしまいました。地球上の他の多くの地域でも、同じことが起こったのは、みなさんもご存知のことかと思います。

この地球上に人類が出現してから長い間、われわれの祖先は自然と一体となって暮らしてきました。自然の恩恵を受け、それに感謝して生きてきたのです。時に自然は猛威をふるい、人間や他の動物たちの命を脅かします。しかし、それは自然と人間が一体であるという証拠。自然の中の命を頂いて生きているからには、自分たちの命も同じように失う可能性があるということなのです。持ちつ持たれつ、ギブ&テイク。そのことが、シャーマニズムの本質だったような気がします。スベトラーナさんの話は、そんな人と自然の深い関係を語っているように思いました。

そして、今回の撮影のクライマックスは、なんと言っても、ウデへの猟師の中でもベテラン中のベテラン、イヴァンさんにビキン川のほとりで、お話を聞いたことでしょうか。

ここまで科学が進行し、文明が押し進められた現代においても、ウデへの掟を出来るだけ守りながら、大きなタイガにたった一人で入り、狩りを続ける彼の話は、原発のことや現在の日本の混迷に疲れていた僕らに、一種の癒しのような作用をもたらしました。ウデへ語を操り、森や動物とのコミュニケーションの出来るイヴァンさんは、前述のスベトラーナさんが言うように、シャーマンとしての資質を持っている人でした。その彼の話は、僕らの魂をタイガに誘い、自然の本質を少し垣間見せてくれました。僕らが何故今、タイガに通って映画を撮っているのかを、もう一度深く確認出来た瞬間でした。

このようにして、今回の撮影は無事終了したのですが、来月もう一度最後の撮影でタイガに戻ります。その時のレポートをお楽しみに!トラの話も出てきますよ。乞うご期待! (つづく)

映画「タイガからのメッセージ」撮影裏話① 2011年5月編

こんにちは。三上雄己です。

abovoのドキュメンタリー最新作「タイガからのメッセージ」は、多くの方の暖かいサポートや協力によって、無事2011年暮れに完成しました。この場を借りて感謝の意を表したいと思います。様々な形でここまで応援して下さった皆さん、どうもありがとうございました!

そして現在、2012年3月中旬ごろからの上映会に向けて、方々で上映を打診中です。
また、各地で自主上映会方式もとっていきたいと思いますので、詳細情報をお待ちください。

そんな準備の間をぬって、映画に関しても取材もぼちぼち入ってきました。ラジオや雑誌で取り上げれているので、世に出るタイミングで、それも合わせて情報出していきますね。

では、映画のリリースを待っていていただく間、撮影にまつわるお話を少しアップしていきたいと思います。
今回は、2011年の春ー撮影も佳境に入ったころのことを綴っています。かなりボリュームがあるので、何回かに分けてアップしていきます。

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タイガでの撮影はいつも何かしら特別なことや不思議なことが起こるのですが、今回5度目の撮影はいつにも増して特別でした。東日本大震災と原発事故直後だったことが大きな要因です。

今回の撮影のために日本を出発するのには、色々と考えさせられました。福島原発に何が起こってもおかしくない状態で日本を離れること、それにつられて社会情勢が非常に不安定になっていること、そんな中で家族や友人たちと2-3週間とはいえ離ればなれになること。また、映画の制作中でスケジュールを守らなければならないとはいえ、気持ちの中で映画のコンセプトや伝えたいことが正直揺れていて、多くのことが頭と心の中を駆け巡っていました。

ハバロフスクに着き、日本での原発災害や放射能汚染問題からくるストレスからにわかに開放されると、少しずつ自分に森のことや村の人々のことを考える余裕が生まれてきました。そして、相棒の木村輝一郎やコーディネーターの野口栄一郎、今回の旅にも同行した写真家であり良き仲間である伊藤健次の4人で話をしていくうちに、自分の中で段々と、タイガに対する気持ちや映画へのインスピレーションが再び沸き上がってくるのを感じました。

その気持はタイガへ向かう車の中で、自然の色合いが増していくのに連れてさらに膨らみ、タイガの手前で若い芽吹きや小川沿いに咲く花たちに出会うところで頂点に達しました。

ようやく、映画の完成への道筋が再度見えて来たのです。日本という自分たちの母体である場所が歴史的な天災と人災に見舞われたにもかかわらず、タイガというロシアの森やそこに住む先住民の生活を映画にして伝えるということの意味の重要性が再度自分の中で確認されたのです。

クラスニヤール村に着くと「フクシマ」という言葉を、みんな知っていました。彼らは日本の状況を知りたがりました。地震のこと、津波のこと、原発の こと、そして日本の人々の今の状態のこと。「フクシマ」という言葉が先行しているのを聞けば分るように、世界では福島原発のことが興味の焦点となっていま す。何故なら、放射能問題は、地球全体の問題に進展する可能性があるからです。(もう、すでにそうなっていますが)

クラスニヤールにおいても同様です。彼らは原発の状態について知りたがりました。そして日本政府や東電の対応について聞くと、彼らが25年前に経験 したチェルノブイリを引き合いに出して語ってくれました。いかに、政府や企業が民のことを後回しにするかということを。僕は、「フクシマ」が起こっている最中に「世界最悪の原発事故ーチェルノブイリ」を抱えていたロシアに通って撮影していることへの奇妙な縁を感じずにはいられませんでした。そして、彼らは口をそろえて、「もし日本に住めなくなったら、みんなロシアにくれば良い」と言ってくれました。そんな嬉しく暖かい「タイガからのメッセージ」をもらったところから、タイガでの春の撮影は始まりました。(つづく)